「吾輩は犬である」、その5



 天高く馬肥ゆる秋、ましてや犬も肥えて当然。しかるに吾輩は健康に良くないと食事制限を受けておる。あばらまで見えてどこが健康的なのか一向に解せなんだが致し方ない。
 あんぽんたんは何でも試してみないと気が済まない。吾輩に豆腐がよい、オカラがよいと誰ぞに言われると豆腐やオカラばかりをやたら食べさせる。犬の缶詰も野菜が多い方がいいと言われれば高くても野菜の多い缶詰ばかり買ってくる。特にお尻の栓の事件以来お通じによいかもしれんと野菜ばかり余計に食べさせられるようになった。しかし一説によると我ら犬族は繊維質の多いものはむしろ胃腸を痛めやすいという。肉食の獣には結局のところ肉食に限るというわけだ。それを聞いた主殿は今度は肉ばかり買ってくる。我輩の胃腸は実験室ではないのである。とはいえ吾輩、出されたものは食べる。繊維質が多かろうが腐った肉だろうがなんだって出されたものは断然食べる。残すなどということは犬の沽券に関わることである。然るに我が主食たるドックフードの量は食べすぎてはいかんとばかりにどんどん減っていく。おかげで肥ゆる秋が痩せる秋となった次第である。
 主は相変わらず書斎にいるときの格好のまま散歩に出ている。さすがに秋とはいえまだ暑いのでタウンジャケットはなしでいる。そして主は着物にベルトポーチという組み合わせに違和感を感じなくなっていた。馴れとは恐ろしいものである。もちろん今でもご主人はどこへ行くのでも吾輩を連れて行く。本屋に出かけるのにも、ビデオ店に行くのでも、お使いに行くときも一緒である。吾輩が店の中に入っても歓迎してくれたビデオ店が閉まってしまったときなどは、ビデオ店に行かれなくなった、どこでビデオを借りたらいいんだと吾輩に向かってぼやく始末である。しかし吾輩にぼやいても仕方がない。お店に入ったら棚や並んでいるものに足を載せたり飛び乗ったりするのは厳禁である。これは吾輩一度もやったことがない。しかし口からよだれが出るのは止められない。なので吾輩が何か物に近づこうとすると主たちはすぐ吾輩を止める。仕方ないのでお店の中ではなるべく大人しくしているようにしている。銀行、役所、行かれるところならどこでも行く。吾輩もお出かけは大好きなので構わないのではあるが、あまり知らない建物の中に入るのは迷惑だ。一声も上げてはいけないのだ。その上ピクリとも動いてはならんと来ている。窮屈でかなわん。そんなときは、俺は調子悪いぞ、お腹ぶりぶりかもしれないぞうという緊張した顔で大人しくしている風を装うと一発である。あんぽんたんは急いで用事を済ましてそそくさと建物を出ていくのである。
 中には一緒に行かれない所もある。そんな時は外に繋がれて吾輩一匹にされてしまう。いつもどこにでも連れて行くくせにこれはあまりの仕打ちである。だからそんな時吾輩はわんわん吠えてやることにしている。あんぽんたんの怒りの一発を我慢さえすれば、主は吾輩の声を聴きつけたら吹っ飛んで帰ってくる。なにか吾輩にぶつぶつ言っては元の場所戻っていくが、またいなくなったらまたわんわん吠える。そのうち主の方が諦めて、戻ってきて吾輩といっしょにいることとなる。いつものことながら実にあんぽんたんは扱いやすい。しかしこの手は細君には通用しなかった。細君と一緒のときはどんなに吠えようと無視される。細君の冷酷無比は日頃より承知しているのでこの戦略はただちに中止した。細君の時はただひたすら待つことにした。
 細君は細君認定項目以外の要求には徹底的無視の姿勢で対応するが、家に誰もいないときなどは吾輩をハグしてくれる。そんなときはごろごろして答えることにしている。しかしボスである主にハグされるのは大嫌いである。そんなとき吾輩の脳裏に浮かぶことと言ったら、「吾輩またなにかへまをしたか。」ということぐらいである。緊張して固くなっているとますますきつく抱き締めてくる。ほとんど首締め状態である。逃げ出そうとすると、「お前、奥さんのときとずいぶん違う態度じゃないか。」と文句を言われる。それは当たり前だ。まあいいや、あんぽんたんの顔でもなめときゃ誤魔化せるだろう。と適当に相手をしている。ただししつこいときは少し距離を置いて待機するという知恵を働かすようにしている。
 どうも犬と人間の間には直接の会話がないので互いの認識にはいろいろと齟齬をきたすようだ。しかしだからと言って直接会話の道を探るなどと言うことはうるさくてしょうがないので、お互いの平和のため止めた方がよかろう。吾輩が、「もう飯の時間だ。ほれ、はやく用意しろ。」なんてしゃべったらうんざりするに決まっておる。例え吾輩の態度に他意がなくまったくいつもどおりでも憎まれること必定だ。まあ多少の理解のために講釈を加えるぐらいなら罰は当たらんだろう。
 我等の会話に語彙は少ない。しかも我らは狩りをすることも、遠くの仲間と会話することもなくなったので特に語数が乏しくなった。ほとんどは行動と所作、状況で意志を判読しておる。それだけ聡いのだと思いたまえ。わが犬族の言語はほとんどがボディ・ランゲージなのであって、それに少々の会話が附随する。ボキャブラリには欠けるが、しかしそこはそれ、微妙なニュアンスとトーンの違いで会話は拡張されてもおる。犬語翻訳機などという怪しげな機械が出回ってなどおるが、あんなものを信じちゃいかん。犬族同士の会話を人はほとんどわかっておらぬので日頃は吾輩が翻訳している。まああまり信用されても困るが。犬語で一言でも人語では千語にもなる。「ウ、ウーンン」と言って、我慢に我慢を重ねた犬がとうとう辛抱できずほんの少し申し訳なさそうに人間様に訴えかけたとしよう。その理由と言えばトイレに行きたいのかもしれないし、すばらしい匂いのメスが通り過ぎたので堪りかえて、後をついていきたいと発した言葉かもしれない。その微妙な差異を多くの言葉を尽くして人に伝えようというという次第だ。まあほとんど吾輩の脚色の賜物と思って聞かれるのもよかろう。
 人間の言葉を使って吾輩たちの意志を表現しようとすると困ることがたくさんある。例えば吾輩、「笑う」というのがわからない。わが犬族には笑うなんぞというものは存在せぬ。楽しいということはある。我らは体全体で楽しさを表現する。故に吾輩がもし笑っているとなぞと言っていたらそれは楽しいと読み替えるのがよかろう。しかし緊張して顔が引きつっていたりするとみんなそれを勘違いして「笑って」いるという。ひどいと人間どもは面白いと言って自分たちが笑う。周りの犬どももみんな「笑って」いたら、そんな状況は相当まずいことが起こっているということだ。そんなときはますます吾輩たちは怖くなるから更に「笑う」。ははは、こりゃかなり憂慮すべき悲惨な状況だ。こんなもの、とても笑うとは言わんだろう。
 吾輩、「泣く」というのもわからない。さびしいとか悲しいはわかるぞ。ご主人様や細君がいないとさびしい。訳も分からずボスに殴られると悲しい。しかし「泣く」というのはなかなか使えるらしい。特に女が泣くと男は特別優しくなるようだ。吾輩もその「泣く」というのを使いたいのだが肝心の涙がでない。まあもともとうるうる目なのでそれだけで奥様方の受けはいいし、だいたいなんでも許してもらえるのだが、ここぞという時のもうひと押しが足りない。残念至極。まあ「泣く」という言葉ももし使っていたら吾輩なりに解釈し直して使っていると思ってもらいたい。
 なるべく面白おかしく紹介しようとは思っているのではあるが、犬の生活というものに特に変わったことなどない。三度三度の食事に三度三度の散歩が毎日あるだけだ。小さいときは毎日毎日池の水草を食いまくって三回のうんちが三回とも草だらけになったのだが、びりびりうんちをしすぎたせいか大きくなると水辺に入ることを許可されないことが多くなって普通のうんちをするようになったとか些細な違いができたくらいのものである。しかし何事もないのが一番である。日がな一日、藪の中をごそごそと散策するのが無上の喜びである。
 人間の方もどうせ犬同様怠惰な生活を送るしか能がないのであるから、吾輩の事でも剣呑な扱いなど思いつかなければよいと思うのである。ところがあの邪悪な訓練士を今だ主は送りつけてくる。二日ごと、一年も付き合わされたのだからもうよかろうと思っていたらその後も週一でまだ延々とくるのだ。いったいいつまで続くのやら。だがいつまでもやられている吾輩ではない。なにごとも八分なのだ。八分なら疲れることもない。八分なら叱られることもない。相手はいらいらしようが怒れない。刑務所の塀の上を歩いていける術を身に着けたのである。真剣ではないが器用にやる。実にいい按排である。適当というのは吾輩のためにあるような言葉だ。
 それでも訓練だけが永遠に続くだけだと思っていたら、同じことばかりやっていてもつまらんと言うことになって、訓練競技会なるものにまで連れて行かれるようになったのだ。それもこれでもかと何回も。いろいろな所で開催しているらしく吾輩も色々な所に出かけられるので特別な不満はないのであるがちょっとくやしい。競技会と言ったって吾輩の順番が来るまでは遊んでいればいいので特に感想もない。広い広場があるところならボール遊びで過ごす。あんぽんたんはすぐ周りを探検に行く。芝生か芝生まがいの草があるところならシートを敷いてみんなで昼寝する。だからちょっとだけ苦役を我慢すればいいだけなのだ。たまには他の犬の競技を見ることもある。大会では競技中に脱走する犬が必ず数頭はいる。そのとき会場は笑いの渦となる。当然暖かい微笑ましいという笑いであるのだが指導手の飼い主にとってはそんな風に思う余裕なんてこれぽっちもない。冷や汗たらたら顔面真っ青である。吾輩もなんども脱走の誘惑にかられたことがある。実際数歩戻ったこともある。しかしそんなときはあんぽんたんのものすごい顔を後ろから感じて踏みとどまった。特に細君が一緒のときは戻る場所があるので誘惑に駆られたものだ。
 訓練士のお仲間の犬もどどっと集まることが多いので、そういう時はそれぞれの犬が順番に競技に出る間ずっとテントを張ってみんなで待ち続ける。もちろん犬も飼い主も黙って待っているわけがない。お茶パーティに始まって食事会、競技なんかそっちのけで朝早くから夕方まで犬談義をしていてほとんど競技を見ていない。
 「このカマンベールおいしいわね。」
 「この厚切りのベーコンもいけるわ。」
 「やまと豚だよ。」
 「犬には塩っ気が強すぎるかしら。」
 「やめといたら。」
 「このお新香もおいしいけれど、これも止めた方がいいかしら。」
 「少しぐらいなら平気だよ。僕はセロリの漬物が好きなのだけどないかな。」
 「あら、それならこの次には作ってきますよ。」
 「うん、特にあの茎の部分がおいしんだよね。」
 どう考えたってこりゃ隣で真剣に競技をしている人と犬がいるとは思えない。宴会が続いている間は吾輩がテーブルの下から離れることがない。しかしすべての犬が吾輩のように行動するというわけでもない。なかには競技会場に入っただけで神経をぴりぴりさせている犬もいる。場の雰囲気の違いを察知できる繊細さを持ち合わせている御犬だ。そういうピリピリしている犬は他の犬と居ると喧嘩になるので車の中に押し込まれるかゲージの中で待機することになる。なんとも同情するところであるが当然のごとくそのような犬の方が競技成績はずっとよい。我ら犬族も二兎を追うことはできないというわけである。
 宴会の方はそんな犬の事情などお構えなく次はワインにビールとくる。ひどいとウオッカまで出てくる。
 「これ何年ものですか。」
 飼い主が競技に出ることになっていて順番がくると、すでにみんな酔っぱらっててそのままお出になることにもなる。訓練士が飼い主に替わって出る場合でも、その日のみんなの成績が皆かんばしくないと最後には訓練士も、「今日はもういいですよ。」とビールを飲んでからお出になる。第一、毎週の行っている訓練日だって、訓練士と犬のいるところ毎回みんな集まって必ず宴会になる。テントの隣では別の訓練士の優秀そうな犬が競技に失敗したらしく、びしばし叩かれて再訓練を受けていたが、恐怖で萎縮してその犬は余計に何もできなくなっている。誠にお気の毒とは思うが、自分たちは関係ないので無視して我が道を行く。あんぽんたんはちょっと嫌な顔をしていたが、我らのパーティーはいつでもどこでも宴会なので、我らは競技会場に居ても結局のんべんだらりとしている。吾輩が嫌と感じたとしたら、せいぜい毎週の自分の訓練の順番が来たそのときだけぐらいなものだろう。
 ところで競技と言ったってまあ何をするってわけでもない。座って、ついて歩いて走って、伏せて待って、呼ばれたら戻り、飛んで行ったものを咥えて持ってかえりゃいいだけなのでいつもやっていることをやればいいだけだ。しかしなんでもいちいちシャキッとやらなけりゃいけないのだそうだ。そんなものを吾輩に要求されても困るというものだ。なにごとも八分の吾輩である。腹十分にやるとは食うことだけ、一生懸命やるのは散歩と遊びだけと相場は決まっている。過ぎたるはなお及ばざるがごとし。中庸を持って事に当たる。これだけは人間の言葉の中ですぐ理解した言葉である。よって吾輩の成績は減点もされなければ加点もされない。万年平均点である。
 だがあるとき全国大会五位になったことがあった。なんと競技中に雨が降ってきたのだ。吾輩にとって雨なんぞというものはどうというものでも、なんでもない。雨が降ろうが雪が降ろうが台風だって雷が鳴ったって散歩に出かける吾輩である。二十四時間、好む好まざるとに関わらずあんぽんたんにどんなところへでも連れ出されている吾輩である。しかも水が大好きな吾輩にとって地面がぬかっていることなんぞに何の違いがあろう。ところが優秀な犬というのはちょいとそこが違うのだそうだ。繊細、デリケート。足先の感触がいつもと違う、もうそれだけでだめ。ビビりまくって自滅し、多くの犬が脱落していったのだ。そんな犬族がいようとは思いもよらず、恐れ入ってしまう。しかしそんな輩が存在したのだ。確かに思い出してみると、散歩に出て水溜りがあるとそこを避けて歩いていく犬はいた。しかし吾輩に取って水溜りなんぞないに等しいのでばしゃばしゃ通り抜ける。おかげで吾輩成績はいつも通りなのだが順位だけは鰻登りに上がっていくことになったという次第である。大会のメニューがすべて終わりみんなテントを片づけて帰り支度を始めたら訓練士が吹っ飛んできた。
 「あー、帰っちゃだめだめ。五位、五位。表彰台、表彰台。」
 以来あんぽんたんは競技会があるたんびに「雨よ降れ、雨よ降れ」と祈るので周りからひんしゅくを買うようになった。
 ともあれその夜はあまりにも珍しいことが起こったというので宴会となった。なにせ競技に向かって真剣に取り組む犬もいる並み居る何百頭もの犬の中で、いい加減を旨とするおちゃらけ犬である吾輩が五位になったのである。こんなことは絶対に二度とないというので宴会が決まった。
 まず今回の殊勲者である吾輩には、急遽買ってきた犬用ケーキと言うのが出された。砂糖も何も犬にとって毒になるものはいっさい入っていないという味も素っ気のない代物である。これだけである。後は吾輩には何もない。無論丁重に頂いた。宴会は勝手に始まる。
 「寝てる以外能がないと思ったら、この犬も見かけによらないものだ。」
 こんなことを言うのは蕎麦掻と決まっている。
 あんぽんたんは酒が嫌いではないが弱くて下戸である。それでも吾輩の受賞が少しは嬉しいのかビールをちょっとだけ飲んだ。それだけですでに酔っぱらっている。細君の方はそれなりに強いので、すでにだいぶ入っている。我輩にも一舐め、ビールのお裾分けが来た。
 「競技には訓練士が出たのかい。」
 「いや俺が出た。」
 「おう、それはすごい。何事にも飽きっぽい君がちゃんと指導手を務めたのだ。」
 「俺はこいつに声をかけただけだ。後はこいつがやる。ただ提出している競技項目の順番を間違えると大きく減点されるので俺はその順番ばかり頭の中で繰り返していた。」
 「はは、試験に弱い、ビビりの君らしいなあ。」
 どうやら一番酒を飲んでいるのは蕎麦掻と細君らしい。
 「奥さん、どうです。今度は奥さんが競技に出たら。僕は奥さんの方がこいつは言うことを聞くとみているのですよ。」
 それは真実だ。でも止めてくれ。あんぽんたんのように誤魔化しがきかなくなる。
 「いやよ、はずかしい。」
 ドクターも酒はそこそこ強い。度を越して飲むということはないので、みんな酔っぱらい始めて今日の祝いの主である吾輩の事なんぞすっかり忘れてほったらかしにしていても、吾輩の相手役を務めてくれている。
 「犬が人間と一緒に行動したのは未開の時代のずっと前で、長く人間のよき友であったという。犬は狼を家畜化したとか、ハイエナを家畜化したとか諸説あるけれども、長き論争も遺伝子比較で決着を見ているという。結果は忘れたのでどちらでもいいが、結局狩りを共にするような社会的集団行動ができる種だったことが人間とともに生きることができた理由と思われているのだな。そして狩りを忘れた犬と人間はとうとうゲームを一緒に行うという時間の消費法を思いついたというわけだ。ほとんど犬殿のお蔭とはいえ表彰台に犬と一緒に上がるとは君にしてはあっぱれ。」
 吾輩は細君のくれた牛皮ガムを咬んでいる。
 「うん、誠にめでたい。実にめでたい。しかしこんな風に幸運を使い切ってしまうと後は不幸ばかりが続くという。こんなめでたいことは今後君の人生にも二度とないだろう。そうだこれから不幸に会わないためにも君の人生で最高の時をもって最後にするのがもっともよろしかろう。うん、そうだ、オランダでは安楽死というものが合法的に認められているという。君もオランダに行って君の優秀な犬君と一緒に最高の時を迎えたまえ。自分で死ぬなんて最高の勇気を持った男じゃなければできない。日頃軟弱な君でもこんな喜ばしいときに勇気を示したら、僕は君を誇りに思ってやる。うん、ぜひそうしたまえ。」
 「もう、酔っぱらいすぎですよ。」
 細君に頭を蕎麦掻は叩かれた。酔っぱらっているとはいえ蕎麦掻をひっぱたけるのは細君ぐらいなものである。細君もだいぶ出来上がっている。吾輩もあんぽんたんと一緒の安楽死なんぞというのは御免こうむる。
 「いや、失敬。それではひとつ宴会芸でも。」
不謹慎なことを平気で言うのは蕎麦掻だが、宴会となれば盛り上げるのも蕎麦掻である。蕎麦掻は腹踊りを始めた。肌着一枚になってそれをたくし上げて出した蕎麦掻の見事な腹にドクターがマジックでおかめをさっさと書き上げる。それを蕎麦掻がヨガの呼吸法よろしく腹を変幻自在に動かしまわす。
 「オッペケペー、オッペケペー、オッペケペーたらオッペケペー」
 なにやら怪しいオッペケペー節で両手を横に挙げて腹をへこませ腰を揺らしながら唸り回る。これには細君もバカ受けである。ちょうどそのときパー子が入ってきたので、二人でずっと笑い転げている。こんなばか騒ぎに吾輩が参加しないわけがない。蕎麦掻の周りをぐるぐるはしゃぎ回っていたら逆に捕まってしまった。足首を持たれて乗り手役で蕎麦掻の後ろに立たされ、二足歩行で蕎麦掻と一緒にちんちん電車に早変わりだ。
 「犬も乗ろうって時代の電車でござる。
 これに乗らぬは阿呆でござる。
 さあさ、皆さん、乗ったり、乗ったり。」
 これは更にうけた。とうとうみんなで繋がってちんちん電車だ。部屋の中をいつまでもぐるぐる回る。黒シャツまでが恥ずかしいのか嫌々そうに最後尾を飾った。まんざらでもないようだ。吾輩二足歩行はつらいのでこっそり抜け出して、黒シャツの更に後ろで飛び跳ねた。
 馬鹿騒ぎが延々と続いている頃最後に西風が入ってきて加わった。
 「これはいったい何の騒ぎですか。」
 「あー、なんでもいいから飲め、飲め。」
 もうすでに吾輩を祝っての宴会なんてことはとっくに忘れられているので、西風は何が始まっているのかさっぱりわからないまま部屋の隅でビールを飲みながら笑っている。

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