「吾輩は犬である」、その3



 静ちゃんがいなくなり会える楽しみがひとつ減りはしたが、幸い人間にも犬族にも多く知己を得て退屈ということとは縁がなくて済んでいる。最近は写真のモデルに指定されることも多くなり、注文もせぬのにやたらと我が家には吾輩の写真が溜まるようになった。おやつもたくさんもらうようになったのだが、この犬のおやつというのは人間には無味無臭のようでちっともおいしくないようだ。おかげで人間に横取りされることがないので結構なのだが吾輩のおかげで手に入れたお菓子や団子などはなぜか吾輩の横を素通りしていく。団子などはのどに詰まるから駄目だと言われて決して口に入ることはない。噂ではお菓子の大好きな同族がいて、特にケーキなるものが大好物で見つけるとぱくりと食ってしまうというのにちっとも叱られないそうだ。我が家では甘いものは体に毒と言われてすべて人間どもの胃に納まって終いである。相変わらずの差別待遇である。
 ご主人は畳が大好きである。しかし吾輩が来てからしばらくして畳が傷むと言って細君が部屋中絨毯を引きつめてしまった。ご主人の定位置以外畳が拝めない。おかげであんぽんたんは吾輩の顔を見るたびに、お前のせいで畳がなくなったとなじった。吾輩の知ったことではない。吾輩は絨毯であろうと畳であろうと構わない。それより吾輩にとってはお勝手の滑る床の方が問題であった。いつもすってんころりんで堪らん。ところで畳の上の絨毯は来客に大変不人気となった。吾輩の硬い短毛が絨毯に突き刺さって座っている客人に刺さるわくっ付くわで嫌われたのだ。おかげで短期間で畳に戻った。すってんころりんの床の方は女主からの人気を吾輩が勝ち取るころには滑り止めシートを敷くことで決着を見た。
 あんぽんたんの家は和洋折衷というらしい。吾輩にはその違いはよくわからんが、洋式の部屋というのはドアがついていて閉められたら部屋から出られなくなる。たとえ器用にノブを回してみせても部屋を出ないのが不文律である。ところが和式は障子であろうと襖であろうと鼻でつつんと突っついてやるとすぐに開けられる。和式は開けても怒られない。故に吾輩はどこにでも行けるのであるが吾輩は紳士なので公式上は敢てどこにもいかない。常にご主人様のもとにいることになっている。しかし主がいないのであれば勝手に出向いて行って細君の足の下にいることになるのは致し方ないことである。
 その細君の足の下にいたらマッド・ドクターがやってきた。何やらの博士であることは確かなのだが怪しげなので誰も聞かないし答えない。それでもドクターで通っている。
 「いや奥さん、台所をちょっと失敬。」
 家に入ってくるなり主人のいないのなど気にせずそのまま何やら始めた。
 「なかなか良い肉が手に入ったので持ってきました。(黒シャツ)も呼んでおいたので食べましょう。」
 肉の塊を五センチの厚さに輪切りにして、塩と胡椒だけでフライパンに載せて焼き始める。人の来るのを待つことなぞお構いなしに始める。添え物は焼きアスパラガスだけである。さすがの厚さに肉もなかなか焼きあがらない。しかしそれでも一時間も二時間もかかるものじゃない。勝手に皿を並べて焼きあがると細君に、「さあ食べましょう」と人を待たずして食べ始めた。細君の方も昼のメニューをどうしようかと考えあぐねていたかどうかは知らないが、慣れたもので一緒に食べ始めた。ところが肉の塊だけを食事にするというのは日本人にはかなりの仕事になる。細君が休み休み食べているとマッド・ドクター、ぺろりと平らげた。まあ体格は大したものだ。この間もチャレンジ特別メニューの五十センチ皿うどんを食いきってただで帰ってきたという。
 細君が苦労していると黒シャツがきたのでドクター、また焼き上げる。体格の割には実にまめなのだ。黒シャツも五センチには苦労して水をがぶがぶ飲んで頑張る。そこへ主がようやく何やらの用事を済まして戻ってきた。「おお、来てたのか。」、またドクターが焼く。しかしあんぽんたんは胃弱なのでとても最後まで食いきれない。ちょっと食って残した。残った物は吾輩に来るかと思っていたがいつまでたってもその気配はない。
 この吾人すこぶる胃が弱い。一度はピロリだかコロリだかの検査をしろと医者に迫って、やたら検査するのは医療費財政を圧迫するから止めろと断られぶつぶつ帰ってきた。しかし胃カメラ検査はしたので、胃が荒れているから胃薬は飲めと医者に言われて、漢方がいい漢方がいいといって太田胃散を飲んでいる。太田胃散が漢方だなんて聞いたことがない。生薬と漢方の区別もつかぬなんとも中途半端な御仁である。吾輩も整腸剤として新ビオフェルミンSとかいうのを飲まされている。乳酸菌のどこがいいのかなどと吾輩に聞かぬように。あんぽんたんもわかっておらん。自分が胃弱のせいで他人の世話まで焼くのか、人にいいと聞かされるとなんでも飲まされる。困ったもんだ。
 食事が合わるとドクターが水洗いをする。とにかくまめなのである。しかし皿などを完璧にきれいに磨きあげるようなことはしない。必要最低限の片づけをして終えるのである。太田胃散を飲んだ主と黒シャツは苦しそうに和室で寝転がっている。片づけが終わってマッド・ドクターも書斎に向かうので吾輩も附いていくことにした。人が多いところが第一である。
 「今朝探査機を載せたロケットを見たのだけれども実にきれいにまっすぐ飛んでいたねえ。」
 あんぽんたんが首だけ持ち上げてしゃべる。ドクターはちっとも苦しくないらしくそのまま座布団に座って答える。吾輩マッド・ドクターには気に入られているようなので主とドクターの間に陣取る。
 「ああ、僕も見たよ。昔は姿勢制御で安定させるために胴体を回転させるなんて教わったけれど、あれは三菱重工と文字がピクリとも動かず読めたね。姿勢制御が細かく正確にできるようになった証拠だね。見事だった。」
 吾輩の腹時計の正確さも誉めてもらいたいところであるが話題にもならないようだ。まあ素人の話は的外れか古いと相場が決まっているから適当に聞き流すとしよう。
 「やはりセンサー類とか演算速度などの発達がおおきいのかな。ノズル制御もよくなったのじゃないかと思うのだけれど。日本の固体燃料ロケットの性能はなかなかだとも聞いている。僕もテレビ見たけどちょうど切り離しの所でいい絵だったね。」
 黒シャツも話すことはダリだけじゃないようだ。こちらさんは首を持ち上げるのもおっくうのようで天井を見ながらしゃべる。
 「あんな変な形のステルス機が飛んじゃう時代だからね。しかも飛ぶだけじゃなくて空母の離発着も無人でできちゃう。制御技術の発達はすごいものだよ。」
 「空だけじゃない。海もなかなかだよ。この間横浜港にイージス艦を見に行ったのだよ。」
 「わざわざ横浜まで行ったのかね。」
 「いやいやどうして、SPY-1レーダーってのがすごい。一隻で日本の三分の一以上をカバーするってんだからすごい。しかもレーダーの前に人間がいると電子レンジよろしく焦げてしまうというのだから恐れ入った。稼働中は甲板に誰も出ちゃいけないそうだ。」
 「そういうことなら潜水艦のソナーだってすごいじゃないか。あいつをぶっ放すと鯨もいちころだそうだよ。」
 なにやら物騒な話に発展していけない。兵器マニアというのは実際の戦争などとはお構いなく話が進むようだ。まあ吾輩も犬の喧嘩と同じようなものと心得ているから大した違いはない。しかし黒焦げかショック死など御免こうむるので危ないものには近寄らないようにしよう。あんぽんたんも航空ファンなる雑誌をときどき読んでいるようなのでまんざら興味がないでもないようだ。
 「この間実装されているM61ヴァルカンの写真を見たのだけれど、なんと銃身の補強材の所が実に雑な溶接で補修されているんだ。やはりあれはガトリング砲のように酷使される銃は壊れやすいからかねえ。放熱などどうなっているのかな。」
 マニアの話は吾輩にはまったくわからない単語がやたら並ぶ。その上いい加減ですぐ話題が替わるらしい。あまり深刻な話は好きではないようである。そういえばあんぽんたんの友人には政治の話をする人は少ない気がする。ノンポリという世代以降はこんなもんだそうだ。まあ吾輩が生まれるずっと昔の話のようだからどうでもよいだろう。
 「性能比較がはっきりできるやつはいいが、この間やっていた人工知能によるヒット曲探しというのは実にいかがわしくていけない。ネットに投稿された曲を人工知能がヒット曲になる曲かどうか判定してそのヒット曲候補を大物プロデューサーに紹介するシステムだそうだが、この人工知能ってのがいけない。やっていることがすでにヒットした曲や歌を要素に分解してから評価して傾向分析してまとまりのある集合を見つけて、その集合により近く多くの同じ要素を持つ曲がヒットする曲と判定するってんだが、こんなデータ分析でしかないもんを人工知能なんて言うなんてのがおこがましい。そのうえこのデータ分析なんかは対象で目立つものはなにかを探す一種のマクロ化処理みたいなもので僅少で特異な現象の分析などしない。現象の実際の解析は人間の仕事だ。なんでもシステムに任したら平均値的な曲が巷に溢れて胃もたれを起こすぞ。」
 「まあ人工知能というのはセールストークとして、オーディションやコンテストなんかでの曲選びなどの一次選定をアルバイトや社員にやらすところを人工知能にやらしたとみれば経費削減と時間短縮になっていいじゃないですか。」
 「いやだからそれじゃ決まりきった物ばかり出てきて面白くも何もないってんだよ。やっぱおかしなものも混じってなくちゃいかんよ。」
 人間どもの話は延々と続く。そして自分たちの腹が膨れていると吾輩の腹のことなどは自動的に忘れる。忘れるだけでなく腹が膨れて怠いと意図的と思えるほど散歩なんぞという単語は脳に記憶された言葉から消えてしまう。何としても確保すべきものは確保しなければならない。しかしこのような場合吠えて要求するのは我が家では逆効果である。そしてあんぽんたんは完全完璧に忘れることの多い御仁である。だから飯と言ったら順番から言って細君である。食卓兼茶の間のテーブルでテレビを見ている細君を訪ね、それとなく足元をうろうろする。こちらも腹が膨れてリラックスしているらしくテレビを見てげらげら笑っているだけでまったく吾輩に注意を払ってくれない。再度足元をうろうろするが視線さえ吾輩に向けない。こうなったら玉砕覚悟であんぽんたんを攻略するしかない。あんぽんたんならぶん殴られることさえ覚悟していれば必ず攻略できる。さっそく書斎の主の元に戻る。最初に寝転んでいる主の腰辺りに我が巨大なる頭蓋骨を載せる。巨大なる頭脳と言いたいところであるが、あんぽんたんにお前の脳味噌はちょっとしかない、無用に硬い骨があるだけだと言い続けられているので、用事のある時は一歩譲ろう。ながらく我が頭を放置しておいたがまるで反応がない。こうなれば次の目標はあんぽんたんの首である。載せる。三分経過。あんぽんたんも慣れたものである。このくらいでは屈しない。首の周りで少しごろごろしてやる。まったく動じない。えい、殴られるかもしれないが片足を顔にぺしり。おお、ようやっと起き上がった。しかし座って吾輩を羽交い絞めにしてまだ話を続けている。
 「うるさい奴だな。大人しくしてろ。」
 今夜は強情である。膝の上でごろごろ媚を売ってみたが吾輩を抱えるばかりでうんともすんとも逆襲してこない。こうなったらお仕置き確実だがあんぽんたんの手を振り払い後ろに回って飛びついた。ぎゃひー、やはり足で抑えられ手で耳を引っ張られて折檻されてしまった。
 「う、待てよ、今何時だ。おお、飯か。すまんすまん飯の時間はとっくに過ぎているな。」
 予定通り、ミッション完了である。我が家では「飯を食わせたら散歩」という図式が出来上がっている。後は簡単である。来客などほったらかしにして散歩まで一直線である。ドクターと黒シャツなら無視しても不都合はなかろう。しかしこのように三度三度の食事と三度三度の散歩を確保するというのは気苦労の多いことなのである。
 吾輩のご主人はいうことを聞かないとこのようにすぐ吾輩をぶんなぐる。小さいときは平手で尻を叩かれた。頭が硬く固まるころには頭も平手でたたくようになった。最初は拳固で殴ってきたが吾輩の石頭に撃退されて拳固の手の方が撃破されてしまったという次第だ。わが方の勝利である。不思議とおなかは叩いてこない。胸もいい音がするので太鼓係専用である。まあたいして痛くはないのだがそうも言ってはいられない。最初のうち吾輩の何が悪いんだ、吾輩は何も悪くない、ふんっという感じでじっと我慢して立っていたが結局ぼこぼこにされた。ときどきご主人から殺気を感じるときがある。こんなときは要注意である。ただひたすら謝る。謝るったってしゃべれるわけじゃない。ひれ伏す。そのうちなんだかわからないけどごめんなさい、もう勘弁してくださいという顔と根元をちょっとだけ立ててたたんだ耳で降伏の情を表して震えているように見えるようにすることを覚えたら、あんぽんたんは上げたこぶしを下げることもできず困ってぶるぶる震えるようになった。きっと血液が沸騰して体からめらめらと湯気があがっているのだろう。そんなときはよくご主人は体中を震わしたまま改めて自分の横に吾輩を呼んで伏せをさせる。そしてときどきじっと我慢してそっと吾輩の体をなでてくれるのである。吾輩はあんぽんたんの横がきらいではない。
 主の非道はこれだけではない。あんぽんたんは神経質な割にはいい加減なのだ。すぐ横にいつも吾輩がいるのを無視して踏んづける。別段踏まれたからと言って文句など言わない。あまりひどいとキャインというぐらいなものでいつもじっと我慢して口をひきつらせるだけだ。それでも主に歯を見せることなど決してせぬ。そんな態度は地獄行きである。しかし行きも帰りも始終踏んづけ続けられると少しは何か言ってやらねばという気分にはなるというものである。そうなっても反逆と言えば定位置の布団に移り少し遠くからじっとあんぽんたんを見つめて抗議するくらいが関の山だ。殊勝な犬とごらんあれ。それなのにご主人はまったく知らぬ存ぜぬのまま。しかし、しかしである。吾輩は何があろうとみんなのそばが好きなのだ。傍に居たいのである。主に天罰が下らんことを。
 まあこれらはまだ許せる方であるが、主の非道のうち、非道のなかの非道と言えるのは吾輩を置き去りにしたことだ。散歩中、座れというから座っていた。そのうち主は少しずつ離れていく。徐々に遠くに遠くにいってとうとういなくなった。姿が見えないのだ。犬にとって何が怖いかって一匹にされるほどの恐怖はない。それをこのあんぽんたんは実行したのだ。当然吾輩は不安でいっぱいになり我慢できずに我が家に向かおうと猛ダッシュした。走り出した途端後ろの方からあんぽんたんの怒鳴り声が聞こえる。しかし不安でいっぱいのわが心にはその声は全く届かない。走りながら疑心暗鬼となって、もしかしたら家ではなく元の場所にいるかもしれないと一瞬立ち止ったら主の声がやっと聞こえた。声の方向を見ると主がものすごい顔をして走ってくる。
 「ばかやろう。車に轢かれたらどうするんだ。」
 一応心配してくれたようだ。しかしそこまでだ。主はこの仕打ちを訓練と称して何度も実行した。しかも隠れるときは吾輩の座っている位置から見て家の方向で待ち受けるようという周到さだ。十分、二十分、三十分、四十五分、一時間と座れ、待ての状態を徐々に長くして続けさせられる。これを非道と言わずしてなんという。例え酷い仕打ちでもすぐ忘れるという良い性格をしているため吾輩は何度も同じ恐怖を味わうこととなった。孤独というものはこのようなものかも知れぬと思い知らされた。更に酷いのは、この吾輩の窮状を見て悟った犬仲間の特にお父さんたちが、「ほれ、おとうさんがもう動いていいぞと言っていたぞ。」とか、「ほれ動いてみい」と言って吾輩に馬乗りになって揺すり始めたり、吾輩を誘惑し始めたのだ。まっこと人間とは邪悪なものだとつくづく思い知らされた。更にエスカレートすると吾輩の鼻の上におやつを載せてくる。うっかり食べようものなら大変だ。お座り、気を付けいの姿勢で鼻からおやつを落としてはいけない。食べてもいけない。パブロフの犬となってよだれだらだらのまま主を待つ。これを虐待と言わずしてなんというのか。しかし温和で謙虚、従順というすぐれた属性を保持する吾輩といえども何度も実行されるとその良きものも劣化してくるというもの。吾輩の繊細な神経も慣れた。麻痺したと言った方がよいかもしれない。特に一時間を突破して誰が吾輩の横を通ろうと、虐め、虐待に耐えた吾輩は何も感じなくなった。おかげでお座り、待ての訓練からはお役御免となった。しかし残虐レースはまだ続く。今度は仲間の犬やお父さんお母さんのいるところから離れてはだめという曖昧なルールの元、あんぽんたんは消えた。そんなルール、よく理解したなあって。あたりきしゃりき、当たり前。もう麻痺した吾輩の心なら関係ありません。理解していようがいまいが適当にうろうろするのみ、朝飯前である。いやむしろあんぽんたんがいないのでやりたい放題なのであるが、そこはそれ、育ちの良い吾輩は節度ある態度であんぽんたんを待ち続け、主が現れれば尻尾を振って迎えてやった。
 主には非道以外にもくだらない習慣というものもある。吾輩のご主人はすぐ吾輩の爪を切りたがる。畳が傷むというのだ。それなら元の通り絨毯を敷けと言いたいのだが、この話はもう決着がついている。吾輩はこの爪切りが大嫌いだ。足を無理矢理引っ張って爪を切る。嫌なので足を引込めると更に引っ張られる。腰を引こうものならいつものようにぽかりとやられる。実に難儀だ。
 しかし吾輩あんぽんたんに負けているだけじゃない。既得権という奴を行使している。日に三度の散歩をあんぽんたんに義務付けてやったらおしっことうんちを部屋でする気がまったくなくなってしまった。あんぽんたんの周りをうろうろして何度でももう漏れる、もう出ちゃうと訴えかければ甘いあんぽんたんは必ず外に連れて出って行ってくれる。雨が降っていようが雪になっていようが、台風だってへっちゃらだ。多少の拳骨を覚悟すれば忙しいときでも文句を言いながら出て行ってくれる。甘いあんぽんたんは大好きである。しかし細君にこの手は通じない。どんなに懇願しても忙しいときは完璧に無視される。仕方ないのでシートを敷かれたときは黙ってそこにおしっことうんちをしている。女と雌というものは実に冷淡である。
 散歩も人通りが多いと犬も自由に歩けないと言い出して朝早くとか夜遅くに散歩するように段々となってくる。活動時間帯の幅が広がると犬仲間もさらに増えた。今日も散歩していたら遠くから女優犬パセリの遠吠えと飼い主のパセリを呼び戻そうとする声が聞こえる。女優犬はよく飼い主に「ごはん」とかいろいろ発声練習をさせられている。何度でも根気よく「ごはん」と鳴いて辛抱強そうに見えるのだが、隙を見せたら最後脱走するのが大好きなのである。犬の遠吠えというのは遠くまでよく聞こえる。この飼い主の声も人間としてはとても遠くまで届くよい声である。よって遠くからこの声が聞こえると散歩にきているなと確認できる。そして、
 「わおーん」
 「パセリー!」
 と聞こえたら、また脱走したなとわかる。この界隈での風物詩となっているのである。
 吾輩にも舎弟ができた。散歩で逢うとどこまでもついてくる。金魚の糞である。別段常に吾輩の後ろをくっついてくるだけなので邪魔にもならず、来るものは拒まずの吾輩であるから放っておいておる。まあついて来れば当然吾輩の真似をするようになる。兄貴から教わった藪探索、匂い嗅ぎ、スカート巡りとものの見事にマスターした。犬文化というものはこのようにして継承されるものなのだと感服しておる。ただ兄貴、吾輩、舎弟と三匹揃うと三馬鹿トリオに思えてしまうのは吾輩の錯覚であろうか。
 吾輩紳士であるので雌犬の仲間もずいぶん増えた。雌犬の飼い主も吾輩を安全犬とみている。しかし男子たる者それでいいのか。吾輩草食犬ではない。人間でも「いい人」というのは最悪の地位であるという。吾輩もちっともいいことはない。しかしあんぽんたんの性格がすっかり移ってしまったのか見栄っ張りである。ついつい後一歩という所でいい犬になってしまう。
 シェパードのへーちゃんというのもいる。空前絶後、びっくりたまげたマークのシャイなのだ。吾輩にはときどきちょっかいを出してきたがきつい奴には絶対近づきたがらない。シェパードといったらわが犬族の中でもエリート中のエリート、名門中の名門である。図体もでかく容姿端麗、機敏で力強く、命令にも迅速的確に反応し、匂い追跡襲撃なんでもこなす万能選手、スター中のスターである。しかしてその実態は。超神経質、超臆病のウルトラ・ビビリー、故障だらけの体ボロボロである。このイメージと実態のギャップはどうにかしていただきたい。吾輩を間抜けのお調子者とそしるのは構わない。多少は自覚がある。だがわが犬族の名誉と将来のためにこのギャップを埋める努力をして欲しいとへーちゃんを見てると思う次第であります。まあしかしへーちゃんのように女系の家で育てられると甘やかされて育つせいか気の弱い奴が多い。甘いものが好きな犬も女系の家に多いようだ。女どもの甘やかしときたら尋常ではないのだ。まっこと吾輩も女系の家に居着きたかった。我が家などすぐぽかりだ。暴力家庭である。羨ましい。
 たっぷり散歩してから家に帰るとまだ黒シャツとドクターが書斎でごろごろしている。見ると細君のお茶菓子付きだ。他人の家に主もなしに居座っているのだから大概なものである。まあ主も客人をほっぽらかして散歩に出るくらいだから負けていない。
 「まだ居たのか。」
 「おう。戻ったか。」
 「おい、俺のはあるのか。」
 「あ、ごめんなさい。それが最後なの。コーヒーだけでよければ入れるわよ。」
 「うーん、それでいい。」
 細君がコーヒーを持ってくると吾輩には牛骨もどきのおやつが付いていた。主は何も言わなかったが吾輩の頭は一発ぽかりとやられた。
 「(西風)の奴、お見合いしたそうだね。」
 「見合いはしたがすぐ断ったそうだ。」
 「そうか。」
 「ドクターは結婚はしないのかね。」
 「そんなことはないな。両親にも何度もせっつかれて僕も見合いくらいはしたことはある。あの(蕎麦掻)だってこの間見合いをしたぐらいだ。並みの神経はある。」
 「二人とも見合い派か。まあこんなところでぶらぶらしているくらいだから女っ気は昔からないな。そうするといつも彼女がいて問題ないのは(黒シャツ)だけか。」
 「おいおい、(黒シャツ)だって問題だらけだろう。いつも長続きせん。今の彼女だって人の嫁さんかっぱらって同棲しているんだぞ。いい加減なものだ。僕らは良識派なだけだよ。」
 黒シャツはにやにやしている。
 飯を食って散歩をしたら後は当然寝るだけである。吾輩は人間の三バカの話をほっといて薄布団の上で寝ることにした。

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